山田五郎さんのこと
山田五郎さんがなくなった。
3年前に偶然五郎さんのYouTubeをみつけてそれ以来ずっとファンだった。
私はマレーシアに移住したばかりで、生活が慣れなくて、そして体調の悪い日がけっこう長かった。孤独だし、不安だし、そんなときこの動画が日々の暮らしを支えてくれた。
五郎さんってなんて素敵な人なんだろう、オシャレだしエスプリが効いているし、若い人を馬鹿にせず同じ目線で話したり教えたりしてくれる。
みうらじゅんさんとはとても仲良しで、私は京都人だから二人が話すと京都弁になるのもとても親しみがもてた。
みうらさんが人知れず全国の仏像を描いているのをどっさりと持って来て、
「あんたほんまにうまくなったなぁ」
と五郎さんがいって、みうらじゅんさんがすごく嬉しそうに何枚も何枚も仏像をみせている回、大好きだ。
五郎さんのことがなんでこんなに人間として好きなんだろうと考えたことがある。
五郎さんくらい知識を持った人が、いろんな人の目線に降りて来て話をしてくれる。画家についても、画家の身になっていつも話している。推測だったりするけど、全部の事実をかき集めて本人になったつもりで意見をいう。
そういうことができる人がこの世の中にどれくらいいるんだろうか。見下したり、馬鹿にしたり、からかったり。誰かが困っている、苦しんでる、悲しんでいる、喜んでいる。その人の目線に立って同じ時間を共有する、そして自分の意見もいう。簡単なようで難しい作業を五郎さんはずっと続けて来た。私もそんな大人になりたいと思う。
山田さんが原発不明ガンになったと発表して、闘病しながらも動画を公開して、治療でむくんだり、体調が悪そうだったり、それでもずっと話つづけて、私はどうなってしまうのか、とてもハラハラしながらみていた。
五郎さんが最初ワダさんという方を話す掛け合いも好きだったし、小学生の女の子の発表した文章を丁寧に編集して本にしたり、もう昔の日本の彫刻家が謎の死をとげた経緯について独自の持論を述べている回も大好きだった。
最後にまだ発表されていない、「メメントモリ」という回があるらしい。悲しくて悲しくてみれるかわからないけどいつか見ると思う。
最後から2回目の回だって、涙が溢れたのに。
人はどうして働きつづけるんだろう。五郎さんの場合はもうお金とかじゃない、執念のようなものを感じる。私の父は、ずっと死ぬまで株をしていた。父が亡くなって、iPadの画面をあけるとそれは最後にみていたであろう株式の取引画面だった。死ぬまで働き続けるってどういうことなんだろう。
死ぬとわかって豪遊したり、だらだらしたり、大切な人にあったり、私だったら何をするだろうと考えた。
私も五郎さんのように、自分発信の仕事をしていたいと思った。誰かに頼まれた仕事じゃない、自分で絵を描くとか文章を描くとか、そういった内側から湧き出るような仕事だ。そしてそれが自分の自己満足で終わることなく、誰かの手に届いて、誰かの役に立つといいと思った。一方で子供たちが健やかであるように祈るだろうと思った。
死を思う。
五郎さんのことをきっかけに、インスタグラムやブログで注目を集めるために文章をかいたり絵をかいたりするのをやめようと思った。
本当にかきたいことだけ、つくりたいものだけをつくる。それはきっと誰かに届く。
